僕のギターヒーロー③ ~中田裕二~

椿屋四重奏.png

一昔前。

椿屋四重奏というバンドがあった。


僕と同年代の、強烈な個性を持ったバンドのひとつだ。


今日はそのフロントマン・中田裕二氏について語ってみる。



赤と黒の衝撃


彼らを知ったのは、横浜の大学に進学したての頃だったと思う。正直、正確な時期はあまり覚えていない。

きっかけもうろ覚えだ。
スペシャを見ていた時だった気もするし、タワレコで気になるCDを物色していた時だった気もする。


ジャケットは、赤と黒。
中田氏の顔だけが載っていた。
ナルシスト。

試聴して5秒で、引き込まれた。


「和」を感じるメロディと歌詞のチョイス、クランチーなストラトサウンドで奏でられた難解なフレージング。そこにうねりにうねった重厚なベースと、生々しいドラミングが絡みつく。
スリーピースならではの、潔いほどシンプルでアナログなアンサンブルが、とても心地よかった。


早速、二枚のアルバム(「椿屋四重奏」「深紅なる肖像」)を手に入れた。
そして、ACIDMAN やELLEGARDENの10倍は聴き込んだ。

誤解のないように言っておくが、僕は上述のバンドにもハマっていた。しかし、椿屋のサウンドに関しては、あたかも呼吸するかのように、毎日のように取り入れ続けていた。

それまでレスポール信者だった僕が、「ブラッキーモドキ」の購入に至ったのは、中田氏の影響も少なからずある。


中田裕二の「艶ロック」


中田氏は、いわゆるギターボーカル。歌いながらギターを弾くスタイルだ。
しかし、とにかく「ギターがちゃんと弾けるボーカル」だった。

もちろん、艶っぽい歌い方も魅力的だが、やはり彼のギタープレイが最高に好きだった。


後に「薔薇とダイヤモンド」をリリースした直後は、安高拓郎氏をギタリストとして迎え、自身はハンドマイクに専念するようになった。
しかし、(安高氏をディスるつもりはまったくないが)僕は中田氏が真っ黒なストラトを弾きこなしながら歌うスタイルに、強烈な魅力を感じていた。



現在「シャミセニスト」(三味線奏者)として国内外で活躍する寂空氏と連れ立って、SHIBUYA AXへ彼らのライブを観に行ったことがある。
個人的にはもっと中田氏の変態的な指使いを見たかったが、基本的にはハンドマイクだった。

しかし、「プロローグ」や「成れの果て」など、要所では安高氏とのツインギターを披露。
持ち前の軽やかで艶のあるプレイを楽しんだ。


そう、彼は自身が作る楽曲を「艶ロック」と呼んでいた。
確かに、艶やかであった。


解散するまで、一貫して日本の美意識やエロスを奏で続けた稀有なバンドであった。
しかし、僕は特に初期のアルバム二枚にこそ、中田氏の持つ才能を色濃く感じる。


大和言葉で綴られた独自の耽美な世界。
20歳前後の多感な時期に紡ぎ出された、唯一無二の楽曲たち。

今も時々なつかしさに駆られ、CDに手を伸ばさずにはいられなくなるのだ。

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