僕のギターヒーロー① ~松井亮(ex.the brilliant green)~

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タイトルを打ち込んだ瞬間、テンションがブチ上がる記事が久々に書けそうな予感がしている。


ブリグリ(the brilliant green)。
あえて愛を込めて、略称で記載させていただいた。
僕の高校~大学時代の音楽活動に、強烈すぎる影響を与えたバンドだ。


Tommy こと川瀬智子を知っている方は多いと思う。
奥田俊作は、メインコンポーザーとして素晴らしい才能の持ち主。

もちろんこの2人も非凡な才能の持ち主である。しかし、僕はどうしても元メンバー・松井亮氏を忘れられないのだ。
むしろ、常に松井氏を追いかけていた。そして今も、事あるごとに松井氏に思いをはせる。

出会いは「COUNT DOWN TV」


1981年産まれの僕にとって、中学~高校時代の音楽情報の収集先は
  • テレビ→「Mステ」「COUNT DOWN TV」
  • ラジオ→「ミュージックスクエア」(NHK-FM)
だった。

特に、金曜の深夜にひとりでこっそり観る「COUNT DOWN TV」は楽しみだった。
気になるアーティストが出ると分かったら、ビデオテープで「3倍録画」が基本だった。


高校時代、僕は親に内緒でロックバンドを結成した。
曲も自分で何曲か作ったし、編曲もやり、自分のバンドでギターボーカルとして学園祭でも演奏していた。

中学時代からスピッツやサイモン&ガーファンクルといった、アコースティックギターをフィーチャーしたスタイルのロックにハマっていた。
作る曲はと言えば、どちらかというとポップな明るい曲調が多かったと思う。
だから、「自分に作れないもの」にあこがれていた。


そんな高校2年生当時。

眼に飛び込んできたのは、可愛い声なのに暗い表情で「ぶっ潰したい」と歌うTommyだった。

ブリグリにハマるまで、それほど時間はかからなかった。

そして、Tommyの横で淡々とギターを弾く松井氏のプレイに、次第に魅せられていった。


仙台での邂逅

松井氏のフレーズは、いわゆる速弾きのニガテな僕にもある程度コピーできるレベルのものもある程度あった。
アコギ出身の僕としてはありがたいことだった。

今のようにインターネット経由であらゆる情報にリーチできる環境ではなかったため、限られたメディア経由で得られた情報を通して感じていたことではあるが…松井氏はいわゆるザ・ギタリストではなく、「ギター役」という意識でtbgに関与していたと思っている。

バンド全体のアンサンブルを尊重しつつギターという楽器を通して楽曲に存在する感覚…ともいうべきか。
ギタリストというより、アレンジャー、コンポーザーとしての意識のほうが強かったのだろうか。

ギターソロよりも、アンサンブルにマッチしたフレージングや、アルペジオ等をチョイスする。
僕が憧れるギタープレイヤーはいつだって、INORAN然り、三輪テツヤ然り、そういう「縁の下の力持ち」だった。
(あえて言っておくと、イングヴェイみたいな「俺様」も嫌いではない。)


時は2000年。19歳の頃、松井氏と人生で最も接近した。


場所は仙台。当時大学浪人として、仙台駅近くで下宿寮生活をしていた。
自室でラジオを聴いていたら、「今日はthe brilliant greenがゲスト出演します」と聞こえてきた。

さっそく画面の小さいガラケーを握りしめてラジオ局あてにメールを書いた。
そして、当然のように授業をサボって、Date fm(エフエム仙台)の公開スタジオ生放送へ向かった。


平日の午後という時間帯でもあったため、他にギャラリーはほとんどいなかったと記憶している。
数m先には、ガラス越しにメンバーが座っている。

そんな中、放送が始まり、僕が1時間前にガラケーから番組あてに送った長文メールが、なんと目の前で読まれ始めたのだ。



もう、どんな文面を送ったか、あまり覚えていない。ただ、とにかく楽曲の世界観が大好きだとか、Tommyだけでなく奥田氏や松井氏にもまんべんなく、かつ惜しみなく賛辞を贈った気がする。

好きな人の前で、ラブレターを代読されるような…こんな感覚は人生で一度きりだろう。


松井亮から受けた影響の数々


松井氏から受けた影響は数知れない。

バンドスコアはすべて購入し、フレージングも研究した。
それまではエレキギターを持てば、バリバリのディストーションが大好きだったが、音作りもクランチ~オーバードライブを多用するようになった。

ピックアップも、ほとんどリアばかり使っていたが、テレビ画面越しに松井氏がセンター~フロントを使っている姿を目にしたため、真似して使い始めた。


確か「THE WINTER ALBUM」のリリース直後だったと思うが、ギターマガジンで松井氏の特集記事を読んだ。
彼のトレードマークであるES-335やレスポールだけでなく、ストラトも愛用していると分かり、上京してしばらくしてから1本手に入れた(本記事のトップ画像)。

そして結局、僕自身バンドをやめてから、唯一手元に残っているのはこのストラトである。



2002年頃、ビジュアル系のコピーバンドで修行していたころのこと。
(解散寸前になり、いろいろどうでも良くなったというのもあるが)ふと思い立ち、シャワールームで剃髪した。

ちょうど、松井氏がスキンヘッドにシルクハットを決めていたころだ。



…Tommyのソロ活動が活発になったあたりから、しばらくブリグリからは離れた。
数年後に活動再開した際はそれなりに嬉しかったが、そこにはもう松井氏はいない。

再録版のベストも聴いたが、Tommyの歌唱力がややアップしたことと、奥田氏のセンスの良さを再確認できただけで、心は思ったより踊らなかった。
やはり、松井氏が味付けしないと、それは僕がよく知っている the brilliant green ではなかった。


ここ10年ほどは、表舞台からは姿を消してしまった松井氏。
今でもどこかで、楽曲提供などを生業としている…そう信じている。

彼の名前がどこかでクレジットされていたら、ぜひ教えていただきたいものだ。



(2020年2月8日 追記)
なんと…松井氏と思われるYouTubeチャンネルと、僕はついに見つけた。
感慨深いことこのうえない。

リーチ・マイケル選手が江口洋介と本麒麟を飲む姿を、明日から僕は特別な思いで見ることになるだろう。


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