No Regret Life ~魂を揺さぶる歌声~

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かつて、No Regret Life というバンドが存在した。

詳しい経歴は、この際 Wikipedia にお任せしよう。
いつもながら、このブログでは僕の「ノーリグ体験」を書いていこうと思う。


僕は19歳の頃、横浜で一人暮らしをはじめた。

今思えばだいぶズルい手法ではあるが、大学進学を言い訳に親元を離れ、ロックバンドに没頭することにした。
特に、カルト宗教を信じる母親の呪縛から解き放たれたかったのだ。


本当は、曲を作ってアレンジし、自分で歌うことが最終目的だった。
とは言え、青森の高校で学園祭に何度か出演したレベルでは、自分の実力に不安があった。
それに、いきなり裸一貫でVo&G以外のメンバーを揃えようにも、デモ音源の撮り方も知らなかった。

とりあえず活動をはじめるため、音楽スタジオや楽器店に貼ってあるメン募(メンバー募集)の貼り紙を見て、ギタリストを募集していた方と連絡を取った。
最初に加入したバンド「KREUZ(クロイツ)」のリーダーだ。
歳は二つ上。関学に通う、ラルクのtetsuが好きなベーシストだった。

わりと雰囲気がよさそうなバンドだったので、すぐ加入を決めた。
LUNA SEAやラルクが好きなメンバーが揃っていたので、すぐに意気投合した。


…メンバーの中に、ちょっと異色なギタリストがいた。
僕は彼を「ダイちゃん」と呼んで、一番多くの時間を彼と一緒に過ごした。

綾瀬市出身の彼とは、KREUZが解散したあとも交流が続いた。


実家にも何度も遊びに行ったし、僕の作った曲をMTR(録音機)を使って一緒に録音したりした。
当時としてはもはや時代遅れだった、4トラックのカセットテープに録音するタイプのやつだ。

ダイちゃんとは音楽の趣味も近かった。一緒にドライブしながら、よくハイスタのCDを聴いていたものだ。

当時の僕は厨二病っぽい服を好んで着ていたが、彼のアメカジっぽいファッションにも、実はちょっと憧れていた。
彼の影響で、ハンジローにちょくちょく通って古着を物色するようになった。

ギターは正直言ってそれほど上手くはなかった。
それでも、「みうらちゃん(僕)は才能があるから、絶対成功するよ」と、解散後のメンバー集めにも粘り強く付き合ってくれた。


ダイちゃんには、ゲンタという同級生がいた。
彼(松村元太氏)は、No Regret Lifeという3ピースバンドでベースを弾いているという。

ダイちゃんの勧めもあり、ノーリグのライブを観に行くことになった。
場所は横浜F.A.D。たしか、インディーズ盤のレコ発サーキットツアー中だったと記憶している。


音源は事前にダイちゃんに焼いてもらって聴いていたが…ライブで聴くとさらに「アツかった」。

小田和奏(現在は「coda」として活動中)氏の、ハスキーにしゃがれつつ、音程を外さないハイトーンボイス。
レスポールを大音量で奏でつつ歌い上げるスタイル。

↓のミニアルバムも早速手に入れた。
特にタイトル曲のWonderful World」は、最後のサビからアウトロにかけての高揚感がハンパない。



2006年、No Regret Lifeは満を持してメジャーデビューすることになった。
本記事のタイトル画像として掲載したファーストアルバム「Sign」は、今でもつい聴きたくなってしまう位の熱量が込められている。

アニメファンの方なら、「NARUTO」のエンディングテーマだった「失くした言葉」は記憶にあるだろうか。
もちろんこの曲も秀逸だが、「あの日の未来」という曲も強くお勧めしたい。
Aメロのアルペジオは、「こういう曲が作りたい!」と思わせる旋律だ。



最近、noteでたまたま小田氏がアカウントを持っていることを知った。

アーティストにしては珍しく、かなり早起きな生活を送っているようだ。4時起きって。
ゆっくりと今後も小田氏の活動は追っていこうと思う。


P.S.
ダイちゃんは、その後双子のお兄さんと一緒に警察学校に入り、見事警察官デビューした。
初任は福生市と聞いたが、その後の足取りは定かではない。

おそらくLINEの友達には含まれているのだが、最近は特に連絡しようと思っていない。
老後に、「そろそろ一緒にまたスタジオ入ろうか?」…といった感じでいきなり電話してしまいそうな気がする。

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