僕のパンチドランカーツアーは「壁の向こう側」に ~青森市文化会館にて~

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先日、この映像がYouTubeに再公開された。

※2020年5月中のみ限定公開なので、リンク切れの際はご容赦いただきたい。



そう。
その日、僕はたしかに「この会場」にいた。
しかし、客席に僕はいなかった。

今日はその理由を少し書いてみる。


***


時は1998年の春。
高校生だった僕は、THE YELLOW MONKEY の魅力にズブズブと引き込まれていた。

僕の相棒(藤くん)のせいだ。

※詳しくは以下の記事にて。

高校一年生も終わるころ、我らがLOVINはニューアルバム「パンチドランカー」をひっさげ、超・ロングランツアーを目前に控えていた。

ロックミュージックをおおっぴらに買うことなどまかりならない「JW2世」だった僕は、藤くんからカセットテープにダビングしてもらい、母親が寝静まったころにこっそり聴きまくっていた。

それにしても…この「禁じられるほどにかえって欲しくなる」精神状態。いつの世も、万国共通ではなかろうか。

しかも、収録曲がこれまでにも増して性的ときたものだ。これはおふくろにバレたらますますヤバいぞ、と。


***


僕は誕生日を祝ったことがなかった。

むしろ、主たるイエス・キリストの死を祝っていた。
イエスの死の記念式」といって。

神の子供であるイエスがこの地上に人の子として産まれ、全人類の罪を贖うために処刑される。
この犠牲に対する感謝を忘れないためのイベントは、年に一回、だいたい春先に開かれる。
最後の晩餐の行われた日に。


この儀式、1998年は4月10日に開催された。
場所は、青森市文化会館。


お気付きだろうか。
その日は、「彼ら」もそこに来る日だった。


***


当日、僕はこの式典に入場してくる方々の誘導係として、記念式の開催場所となっていた小ホールの入り口にいた。

大ホールに人がたくさん入っていったようだが、僕は式典のことで頭がいっぱいだった。

それに、当時はほとんど僕のところに「この世」(俗世間)の情報は入ってこなかった。
まして、行けるはずもないコンサートや、買えるはずのないチケットの情報などなおさらだ。
彼らが半径100メートル以内に存在することなど、知る由もなかった。


式典がはじまるのは19時。
ほとんどの方々が小ホールに入場したため、僕も会場に入ることにした。


ちょうどその時、何となく聞き覚えのある音が聞こえてきた。
大ホールから、壁越しでくぐもった音ではあったが、僕はすぐ気づいた。

「球根」のイントロだ。

髪の毛、手のひら。
…まさか。


すべてを投げ出して、会場に駆け込みたくなった。

でも、悲しいことに16歳の少年にかかった洗脳は強く、10秒ほど音漏れに聞き入った僕の足は、ゆっくりと小ホールの中に向かっていた。


***


あれから22年になる。

実はこのエピソードは、これまでほとんど口にしたことはなかった。
曲がりなりにも、宗教に情熱を注いでいた自分を全否定してしまうような気がしていたからかも知れない。

ここ数年、やっと「もういいな」と思えるようになったので、妻には話している。

やはり、THE YELLOW MONKEY が再結成してくれたことが大きいかも知れない。
あそこが僕の最初で最後のイエモン体験になっていたら…と思うと、やっぱり切ない。


いまは、延期となった活動停止直前のツアーファイナル@東京ドームの振替公演を、いつまでも待ち続けている。

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