辻堂とサークルKとTSUTAYA

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僕は22歳から、ずっと藤沢に住んでいる。

特に辻堂駅周辺は、庭みたいなものだ。

今や、商業施設や高層マンションが建ち並ぶ高級住宅地に様変わりしてしまったが、愛する辻堂の15年前の風景を今回は振り返ってみようと思う。


サークルKに通い詰めた理由



大学に通うため、20歳のころ横浜の星川という駅のそばでひとり暮らしを始めた。
しかし2年後、自堕落な生活ぶりを心配され、叔母が住む藤沢に引っ越すことになった。

辻堂での生活は、快適そのものだった。

スーパーもコンビニも、チャリで1~2分あれば行ける。しかも、地元である青森で慣れ親しんだ「サークルK」。
かつて、青森にはローソンもそこそこあったが、とにかくサークルKが一番多かった。
「チビ太のおでんはサークルK!」の謳い文句にだまされ、よくこんにゃくを食べていた気がする。

だが辻堂のサークルKで、おでんを買ったことはほとんどない。買っていたのは200円くらいのパフェアイス。狂ったように週8回は食べていた。
そんなサークルKも、いつの間にかローソンに代わり、そのローソンも先日閉店したらしい。
商店街が、また少し寂しくなる。



辻堂駅周辺はバンドマンにおすすめの立地



バンドマンとしてのメリットも大きかった。

当時は毎週のように横浜にあるスタジオペンタで練習していたわけだが、乗り換えナシで25分あれば行けるロケーションは地味にありがたかった。

そして、駅から自宅まで、ほとんど平地であるというのも重要なポイントだ。
横浜は、とにかく坂が多かった。レスポールを入れたハードケースと、エフェクターが敷き詰められたボードを引きずりながら帰り道の登り坂…というのはなかなかこたえる。


しかし、なんといっても一番の魅力は、TSUTAYAの存在だった。

今でこそ、サブスクで音楽を楽しむ時代となったが、当時の僕は
・気になるCDを手当たり次第レンタルする(僕はこれを「ジャケ借り」と呼んでいた)
・とりあえず1週間聞きまくる
・気に入った音源はMDに焼くor PCに取り込む
という行動パターンを取っていたものだ。

他の地域がどうかは知らないが、「1,000円払えばアルバム5枚を1週間レンタルできる」という、金のない学生バンドマンには超ありがたいシステムだったもので、本当に途切れることなくレンタルを繰り返していた時期があった。

冷静に考えると、Spotify に素直に課金したほうが格段にお得である。
しかし、ジャケットを眺め、「どんな音がこいつに詰まってるんだ?」と妄想しながらCD ケースを手に取る…という一連の行為にカタルシスを覚える僕は、やっぱり昭和の田舎者なんだろう。

多少金に余裕があるときは、横浜のタワレコで試聴コーナーに張り付き、気になる一枚を買う。
普段は(金がないので)TSUTAYAを深夜まで散策する。
締めは上の階にある吉牛だ。

これが、私のスタイルなんです。
至らなかった点はお詫びします。


ジャケットで音楽を選ぶ時代の終焉



TSUTAYAが入っていた駅前のビルも、再開発のために取り壊された。
代わりに、Luz(ラズ)という商業施設ができ、テラスモールなる仰々しいショッピングモールができた。

Luz にTSUTAYAがテナントとして入ったわけだが、一度しか行っていない。
あのボロボロの、宝のようなアルバムたちが跡形もなくなってしまっていたからだ。


…令和のこの時代、「アルバムを借りる」という行為に魅力を感じる人間は、もはや希少種なんだろう。


毎週末、各地から娯楽を求めて巨大な商業施設に人が群がる辻堂も嫌いではない。
ただ、一昔前の「スモール辻堂」こそ、20代の多感な僕を形成した原体験なのだ。

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